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#25 なぜいま、「陸上養殖」なのか?
多くの家庭で食卓にのぼる「魚」ですが、「2048年には海から食用魚がいなくなる」という内容が、アメリカの科学雑誌「Science」(2006年)に掲載された論文により発表されたことをご存知でしょうか。今、世界の海ではどのような問題が起こっているのか?陸上養殖が注目される理由や、その背景にあるものを考えてみたいと思います。
漁業における「2048年問題」とは?
先ほど挙げた、「Science」に掲載された論文では、今わたしたちが食べている食用魚が、過去のデータから計算すると2048年には海から姿を消してしまうという内容が書かれています。
理由は3つあります。1つ目は、地球の温暖化によるもの。近年、各地で漁獲量が急激に減少しており、例えば岩手県では、サケの漁獲量が2010年には19,011トンだったのが、2021年には413トンに。この10年ほどで、46分の1に減っているのだとか。海水温の上昇に伴って、魚たちが生息域を変えているというわけです。
2つ目は、魚産物の乱獲によるもの。国連食糧農業機関(FAO)の発表では、世界の水産資源の3分の1が獲りすぎの状態で、漁獲枠に余裕があるのはわずか10%未満に留まっており、持続可能な水産資源に頼る世界の数千万人の生活を脅かしていると言われています。
3つ目は、化学物質やプラスチックによる海洋汚染が原因に挙げられます。海洋ごみや化学物質、流れ出てしまった油などが原因で、大量の魚が死んだり、十分な成長ができなかったり、産卵場所が確保できず量が減ってきているのです。また、また、海洋生物が誤ってマイクロプラスチックを食べることで海洋生物の健康を害し、その海洋生物を人間が食べることで、人間の健康への影響も心配されています。
なぜ、海ではなく陸地で魚を育てるのか?
このように、天然漁獲の頭打ちによる魚類の供給不足を補う役割として、養殖への期待が寄せられています。とはいえ、世界ではまだまだ人口が増えており、養殖による魚類の供給があったとしても、需要に追いつかないことがわかっているのだとか。現在主流となっている海の一部を囲って行う海面養殖では、養殖に適している場所が限られているというのが、主な理由です。
魚は魚種によって生存できる水温が決まっているため、1年中その魚に適した水温を保てる場所が必要になりますし、豪雨や台風といった自然災害の影響を極力避けるには、入り江のような地形が求められます。こうした土地は限られており、それ以上は海面養殖を増やすことはできないことから、陸上養殖に注目が集まっている、というわけです。
陸上養殖とは、海ではなく陸地に設けられた「プラント」で魚を養殖する方法で、水道水さえ確保できれば、山の中など内陸部でも海産物の工場を建設できるのが特徴。毎日すべての水を入れ替える「かけ流し式」と生け簀の水を常にろ過しながら循環させる「閉鎖循環式」に分けられますが、閉鎖循環式の大きなメリットは、水をほとんど入れ替えず循環させるため、一定の水温を保つ際の熱効率が高いことが挙げられます。こうした陸上養殖は、餌や水質といった生育環境を管理しながら魚を育てられるため、「食の安全」にもつながるのです。
もちろん、陸上養殖にはデメリットもあります。陸上に水槽をつくるため、設備コストや運営にかかるランニングコストが高いことや、水温調節や濾過のための機械が破損した場合のリスクが高いこと。先進技術を駆使した陸上養殖は本格的に実用化されてから歴史は浅いのですが、対象魚種も徐々に広がりつつあります。
陸上養殖で育つ魚と、地域活性化への広がり
例えば、埼玉県では、株式会社温泉道場が「温泉サバ陸上養殖場」の名称でサバの陸上養殖をしています。隣接する温泉施設内の食事処で使われたり、施設内で釣り体験を楽しめたりもできます。千葉県では、株式会社FRDジャパンがサーモンの陸上養殖を行っており、「おかそだちサーモン」の名称で、木更津市のふるさと納税の返礼品や紀伊国屋のスーパーなどで販売されるなど、ブランド品として広まりつつあります。
他にも、栃木県では株式会社夢創造が、元スイミングスクールのプールを利用してトラフグの陸上養殖を始めたのだとか。塩分が含まれる地元の温泉水を利用しており、「温泉トラフグ」の名称で、地元のお店や通販などでの販売を行っています。
また、西日本旅客鉄道株式会社は、自治体や事業者と協業しながら、「お嬢サバ(鳥取)」「白雪ひらめ(鳥取)」「クラウンサーモン(鳥取)」「オイスターぼんぼん(広島)」「とれ海老やん(広島)」「べっ嬪さくらます うらら(富山)」「大吟雅とらふぐ(山口)」と7種類の魚種を、それぞれのブランドで展開。
岩手県では、TEAM KITA-SANRIKUがウニの再生養殖を、高知県の合同会社シーベジタブルは、アオノリの陸上養殖をするなど、陸上養殖は広がりを見せています。
このように、現在のところやや高級魚が中心で、タイ・ヒラメ・チョウザメ・エビ・アワビなどもありますが、環境問題、食の問題、雇用の問題、地方過疎化の問題までひっくるめた解決策として期待されているのです。
いかがでしたでしょうか。「閉鎖循環式」の陸上養殖であれば、例えば百貨店やスーパーの地下で養殖し、とれたての魚を販売するなども難しくなさそうです。陸上養殖と水耕栽培を組み合わせた事業などの展開もありそうです。
こうした陸上養殖技術が、食糧不足の地域に実装されていくといいですね。スーパーに行けば、いつでも魚は手に入りますが、それがかなわなくなる世界がやってくるかもしれないことをイメージしてみてもらえたらと思います。
執筆:『neutral』編集長 増村江利子
発行:おかえり株式会社