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#26 「サステナビリティ」から「リジェネレーション」へ
早いもので、ニュースレター「neutral」も最終回を迎えました。今回のテーマは、リジェネラティブ(Regenerative)。「再生」を意味する言葉で、サステナビリティ(持続可能性)の先を行く概念として注目を集めていますが、いったいどのような解釈をすればいいのか、漠然としているところも。そこで、アフリカの伝統農業「ムグンガ」を事例にお話しします。
痩せた大地に、高価な化学肥料。アフリカのいま
世界人口の3分の2が少子化社会で暮らす一方、2050年までに予測される人口増加の半分はアフリカ・アジアの8か国によるもの(世界人口白書2023より)であることは、ご存知でしょうか。当然、もっと増える人口を支えるだけの食料が必要になりますが、アフリカの大地はいま乾燥が進み、農地の劣化が深刻になっています。
それがアフリカの多くの地域の食糧危機につながっているわけですが、アフリカにおける食料の生産性が低い理由には、土壌に窒素が不足していることが挙げられます。ところが、施肥量はかなり低い状態にあります。これは、アフリカの一般的な農家にとって、化学肥料がかなり高額で、さらに価格が高騰している現状もあり、とてもではないけれど購入できないという背景があります。
化学肥料を補助金などで購入できるようにするか、国策として一気に化学肥料を投入するなどの解決策も思い浮かびますが、そもそも化学肥料の長期的な使用は、すでに劣化している脆弱な土壌をさらに劣化させると懸念する科学者もおり、根本的な解決にはならなさそうである、というのが現状なのです。
無化学肥料で、トウモロコシの収量を3倍にする
ところが、化学肥料を使わずに、トウモロコシの収量を約3倍にする方法があるのだとか。ナイロビにある国際アグロフォレストリー・センターを中心に広まりつつあるのは、「ムグンガという樹木の下でトウモロコシを育てる」という、一見奇妙にも思える方法です。
スワヒリ族が「ムグンガ」と呼ぶ樹木は、正確には「Faidherbia albida」という名称ですが、これは私たちが知る「アカシア」の木のこと。この「ムグンガ」は成長が早く頑丈であるだけでなく、アフリカ全土で足りない窒素を供給してくれるという、ユニークな性質を持っているのだとか。
著作者:jcomp/出典:Freepik
少し詳しく説明すると、「ムグンガ」は空中から窒素を吸収する力を持っているようで、窒素が葉っぱに蓄積されていきます。そしてアフリカではおおよそ雨季と乾季がありますが、雨季の前半に葉っぱを地表に落とし、葉っぱが土に還ることで、葉っぱに蓄積されていた窒素が養分として土に還元されていくのです。
そのため、葉っぱが落ちる範囲、つまり樹木の「樹冠」の下で作物を育てると、その作物はうまく育つというわけです。例えば、この「ムグンガ」の樹冠の下にトウモロコシを植えると、その収量が280%も高まることがすでに明らかになっているのだとか。
自然のなかの循環は本当にうまくできているなと思うのですが、樹冠の下で作物を育てるときには落葉しているため、「ムグンガ」と作物は、太陽光を得る際に競合しません。そして乾季が始まると再び葉をつけ、人間側が何も手をかけることなく、この循環を繰り返してくれます。
「ムグンガ」は手もお金もかけずに貴重な窒素源として機能し、高騰する化学肥料を購入せずに収量を増やせるうえに、防風林として機能したり、薪や建材用の木材としても私たちに利益をもたらしてくれ、さらには雨季の水をしっかり土壌に浸透させてくれるため、土壌の侵食も助けてくれる、というわけです。
ここで注目したいのは、これが最新の科学的な研究によって発明されたということではなく、アフリカの農民たちはこの方法をずっと昔から知っていた、ということです。アフリカの農民たちが用いてきた農法を、科学者が再発見して、収量を測定し、科学的な裏付けがされるようになっただけのこと。農業の大規模化、規模を大きくするための機械化が進む一方で、それによって大切なことが失われていることを示唆しているようにも感じました。
「サステナビリティ」から、「リジェネレーション」へ
さて、私がアフリカの伝統農業「ムグンガ」の事例でお伝えしたかったのは、食料問題や環境問題を、新しい仕組みで解決しようとするのではなく、畑に樹を植えることで解決するということです。自然を深く理解し、自然の力を借りることで、再生していく。ここに私は、大きな糸口を見つけたような感覚を覚えました。
みなさんは、「プラネタリー・バウンダリー(地球限界)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。1972年に発表された、ローマクラブのヨルゲン・ランダース博士による40年後のシミュレーションですでに、社会はこのままでは持続不可能という結果が出ていました。それでは、何がどのくらい危機となっているのかをわかりやすく示したのが「プラネタリーバウンダリー」です。「地球の健康状態」と言い換えてもいいかもしれませんね。
その「プラネタリー・バウンダリー」では、2009年の時点で気候変動、生物多様性の損失、生物地球化学的循環は限界を超えたといわれており、2022年時点では気候変動、生物多様性の損失、生物地球化学的循環に土地利用の変化、新規化学物質が追加された計5つのプロセスが限界あるいは安全域を超えているといわれています。
こうしたマイナスを、ゼロに戻していくのがサステナビリティ(持続可能性)だとしたら、それだけでは人口増加に伴う資源の枯渇や、気候変動といった大きな課題を解決することは難しいのではないか。そこでいま注目されているのが、地球環境の持続可能性だけを追求するのではなく、地球環境を再生しながら、生態系全体を繁栄させていく、つまりゼロをプラスまで持っていくリジェネレーション(再生的)という概念です。
つまり、悪くない状態にしていくことと、良い状態になっていくことは違うということ。私たちのこれまでの持続可能性という文脈での取り組みは、「いかにCO2の排出を減少させるか」「いかに陸や海を汚さないか」といった、マイナスの側面を減らすことが中心に置かれていたようにも思います。
今必要なのは、サステナビリティ(持続可能性)の範囲を超えて、私たちのあらゆる活動や生き方をリジェネレーション(再生的)に持っていけるかではないか、と思いました。「Less Bad」だけでなく、さらに「More Good」をつくる。そしてご紹介した「ムグンガ農法」のように、私たちはすでに知っているはずなのに、産業化、あるいは消費社会のなかで忘れられているものにこそ、何かヒントがあるような気がしてならないのです。
そのことに気づくためには、あらゆる常識を一度客観的に見てみる、ということしかないのではないかと思います。私が実践していることでいえば、冷蔵庫って本当に必要なのだろうかとか、コンポストトイレで排泄物を堆肥にして庭で循環させてみるなど。
さて、あらためて、短い期間ではありましたが、ニュースレター『neutral』をご支援くださったみなさんに、改めて感謝を申し上げます。みなさんの暮らしのなかで、小さなことでも、何かしらの変化が起きることを願っています。
執筆:『neutral』編集長 増村江利子
発行:おかえり株式会社